大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)15号 判決 1986年7月15日

上告人

日本鋼管株式会社

右代表者代表取締役

金尾實

右訴訟代理人弁護士

高島良一

高井伸夫

安西愈

加茂善仁

被上告人

神奈川県地方労働委員会

右代表者会長

秋田成就

右参加人

全日本造船機械労働組合

右代表者中央執行委員長

久保健三

右参加人

全日本造船機械労働組合日本鋼管分会

右代表者執行委員長

早川寛

右両名訴訟代理人弁護士

野村和造

鵜飼良昭

福田護

柿内義明

千葉景子

右当事者間の東京高等裁判所昭和五七年(行コ)第一号不当労働行為救済命令一部取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年一〇月七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高島良一、同高井伸夫、同安西愈、同加茂善仁の上告理由について

本件救済命令が適法であるとした原審の判断は、原審の確定した事実関係のもとにおいて、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦)

上告代理人の上告理由

一、上告理由第一点

原判決には理由齟齬の違法がある。

(一) 原判決および原判決が引用した一審判決によって確定された事実はつぎのとおりである。

1 訴外早川寛、小野隆、村山敏、佐藤実は、昭和五四年二月九日総評全日本造船機械労働組合(以下「全造船」という)の下部組織として日本鋼管鶴見造船分会(以下分会という)を結成し、その後日和田典之と持橋多聞が分会に加入した。

2 全造船および分会は同年二月一四日上告人会社(以下単に会社という)に対し団体交渉の申入れを行ったが、会社はこれに応じなかった。

3 そこで全造船および分会は会社を相手方とし、被上告人委員会に対し、団体交渉拒否を理由に不当労働行為救済の申立をした(神労委昭和五四年(不)第八号事件)。

4 会社は同年四月四日全造船に対し、翌四月五日分会に対し、それぞれ

(1) 村上、佐藤、持橋、日和田の解雇に関する事項については団体交渉を開催する用意がある。

(2) 早川、小野に関する事項については、同人らがすでにそれぞれ七年前、四年半前に会社の従業員たる地位を喪失し、また現在その地位をめぐって裁判係争中なので、団体交渉の議題に親しまず、したがってこれについて交渉には応じられない

旨を通告した。

なお、会社は、前記神労委昭和五四年(不)第八号事件の審理において右と同趣旨の表明をし、同日全造船に対しても、同趣旨の通告をした。

5 被上告人委員会は、昭和五四年五月一七日付で、会社は、全造船、分会の申入れる団体交渉を「早川、小野が上告人会社と雇用関係にないこと、又は同人らについての申入れの時機が著しくおくれたこと」を理由に拒否してはならない旨の救済命令を発した。

(二) 原判決は、右(一)1ないし4の事実に基づき、村山、佐藤、日和田、持橋については救済利益が消滅したが、早川、小野の解雇問題については、会社に全造船および分会と団体交渉義務があり、かつ救済利益が存するとして、前記5の救済命令を支持した。

この原判決が支持した被上告人委員会の救済命令は、会社が「早川、小野が上告人会社と雇用関係にないこと」または「同人らについての申入れの時機が著しくおくれていること」をそれぞれ独立の理由として団体交渉を拒否しているとなし、「これらを理由に拒否してはならない」としたものである。

(三) しかしながら、前記(一)4(2)で認定された会社の通告は、会社は、早川、小野が右認定の日に解雇され、しかもその地位をめぐって裁判係争中であるという理由で、同人らの解雇についての交渉を拒否する趣旨のものであって、上告人が「早川・小野が会社と雇用関係にないこと」を独立の理由として、全造船および分会との団体交渉を拒否したものでないことはきわめて明白である。

そうしてみれば、前記(一)4(2)のごとく認定しながら、被上告人委員会が発した前記救済命令を容認した原判決には、理由齟齬の違法がある。

二、上告理由第二点

原判決には、判決に影響を及ぼすべき労働組合法第七条第二号の解釈・適用を誤った違法がある。

(一) 原判決は、前記一、(一)2で認定した事実に加え、

1 早川が昭和四七年四月一四日経歴詐称を理由として会社から解雇されたこと

2 小野が昭和四九年九月二日会社構内で就業時間中上司に対し暴力行為を行ったことなどを理由として解雇されたこと(以上一審判決の認定した事実を引用)

3 右両名は解雇の効力を争って、裁判所に労働契約上の地位の存在することの確認請求の訴を提起していること

4 早川については、昭和五六年二月二五日東京高等裁判所において、解雇の無効を理由に雇用関係の存在確認を求める請求を棄却した第一審の判断を支持する旨の判決がいい渡され、小野隆については、横浜地方裁判所の勧告で和解が試みられたが、これも打ち切られる等、長期にわたり訴訟的解決が尽されていること

5 右のほか早川については、解雇後苦情処理手続が行われる等、長期にわたる折衝があり、会社はその間早川、小野に対する解雇の意思表示を撤回しない意思を表明するなど、解雇の効力をめぐる問題について、同人らと会社との間に深刻な対立があること

を認定した。

(二) その事実に基づき、原判決は

1 右訴訟的解決によって団体交渉が無意味となるものではない。

2 早川、小野は分会を結成して全造船に加入し、その直後、右組合は会社に団体交渉を申入れているのであるから、早川、小野の解雇に関する問題について、団体交渉の申入れが著しく時機におくれたものとは認められず、会社に団体交渉に応ずべき義務が存在しないということはできない。

右解雇に関し実質的な団体交渉は何らなされていないから、右解雇につき、訴訟による解決しか考えられず、自主的交渉の余地のない行き詰り状態であるとみるのは相当でない

と判示した。

(三) 労働組合法第七条第二項が、使用者が正当な理由なくして団体交渉を拒否することを使用者の不当労働行為となし、国家権力によって、使用者を団体交渉の席に着かせ、誠意をもって交渉すべきことを強制しうる限界について考えなければならない。

1 いうまでもなく私的自治の原理によれば、使用者は契約を締結するか否かの自由を有し、その意思に基づかないで労働者と交渉することを強制されることはないとされている。

2 しかしながら、このような私的自治を無制限に放任するならば、労働条件や労働の態様などを統一的・画一的に決定することの必要に加え、労使の社会的、経済的地位の格差に起因し、労働条件や労働の態様などは事実上使用者によって一方的に決定されることとなる。その結果、契約の原理は、その実質(共同決定による相等しい価値の交換)が失われ、労働者の主体性(それは人たるに値する生活によって支えられる)が害される。そこで労働者は労働組合を組織し、団体交渉により労働条件や労働の態様などについて、労使の意思による双方決定(アメリカ法)ないし共同決定(西ドイツ法)の実現を要求し、その他労働者の経済的地位を確保・向上するための解決を要求する。ところが使用者が団体交渉に応じなかったとすれば、労働者の要求はこれを実現することはできない。

3 そうしてみると、右のごとき労働者の要求をみたすためには、一定の限度で使用者の団体交渉に応諾するか否かの自由を制約せざるをえないこととなる。ここに団体交渉の故なき拒否をもって使用者の不当労働行為とする理由が存する。

4 しかし、いかなる場合でも、またいかなる条件下でも、使用者に団体交渉に応ずべきことを要求しうるものではない。その強制可能な限界を本件に即して考察するならば、交渉がいわゆる利益紛争(労働条件の基準の変更などがこれにあたる)に関するものであるか、またはいわゆる権利紛争(解雇問題はこれにあたる)に関するものであるかが一つのキイ・ポイントとなる。

(1) 利益紛争にあっては、労働者側としては、使用者との間に合意が成立しない限り、新しい労働契約上の利益その他の利益を獲得することはできない。つまり、利益紛争に関しては、団体交渉は労働者側に必要不可決な手段である。したがって、使用者に対し、団体交渉に応じ、全く妥協の余地がないと認められるまで交渉を継続すべき義務を負わせる合理的理由がある。

(2) これに対し、権利紛争についての団体交渉は、法律関係の存否について労使間に主張の対立がある場合に、その自主的解決を求めるものである。この類型の団体交渉も、労働者側としては、説得(時には争議行為に訴えて)により、たとえば解雇を撤回させるなど、使用者に権利主張を譲歩させるという形で解決を求める必要があるということにもなろう。この意味では、その必要をみたさせるために、使用者に団体交渉に応ずべき義務を認むべき場合もある。会社が佐藤ら四名の解雇問題について団体交渉に応じているのは、このような場合にあたると考えたからである。

だからといって、使用者は、いつ、いかなる場合でも、権利紛争について団体交渉に応じなければならないとするのは早計である。とくに権利紛争については、裁判所、労働委員会などの第三者機関の判定的作用による解決の途があることを考慮すべきである。

もとより、このような解決方法があるという一事をもって、団体交渉を行う理由がないとはいえない。要は、どうしても団体交渉を認めなければならない必要があるか否かということである。たんに、権利紛争について団体交渉による自主的解決の可能性があるとか、自主的解決も望ましいという程度では、使用者に団体交渉義務を負わせることはできないと解すべきである。

とくに、労使双方が第三者機関の判定的作用による解決の途を選んで、相当の期間を経過するなどして、双方の権利主張が確固のものとなっている場合には、権利主張の撤回は考えられず、わずかに任意の和解が予期されているにすぎないのが通例であろう。このような事態のもとでは、使用者に団体交渉義務を認むべきではないと考える。なぜならば、使用者は、和解をするか否かについて完全な自由を保有しているからである。

(3) また、不当労働行為制度において、労働組合ないし労働者が救済を求めることができるのは、行為の日から一年間に限られるとされている。換言すれば、使用者による行為を一年間放置した後では、労働組合・労働者は不当労働行為制度による救済を求めえないということである。

本体たる利益紛争あるいは権利紛争の原因たる使用者の行為について、救済の申立が僅か一年に限定されているのに対して、右行為の時点から一年以上はるかに経過した時点での右行為の撤回ないし訂正を求める労働組合による団体交渉の申入れが不当労働行為制度によって救済されるとするのは、団体交渉の手段性に鑑みて如何にも不合理である。

(四) これを本件についてみれば、前記(一)1乃至5のごとく、早川、小野は会社から解雇されてから間もなく、解雇の無効を主張して雇用関係確認等の訴を提起し、相互に主張・立証を続け、本件団体交渉の申入れをするまで、早川については約六年一〇ケ月、小野については約四年五ケ月を経過した。その間、早川については同人の請求を棄却した一審判決がなされ、団体交渉申入当時は控訴審に継続中であった。また小野についても、裁判所による和解の勧告があったが、双方の主張が平行線のまま不調に終ったという経緯もある。

このような事実関係のもとにおいては、会社の権利主張(解雇)の撤回はとうていありえず、会社と分会、全造船との団体交渉による自主的解決がありうるとすれば、それ以外の和解でしかありえないであろう。

したがって、早川・小野の解雇問題については、会社に団体交渉を強制するだけの合理的理由はないといわなければならない。

上告理由(その二)

原判決には判決に影響を及ぼす法令の解釈の誤りがある。

原判決は「苦情処理と団体交渉につき目的と機能とを異にするから、法律上別個の概念であるとして、前者が行われたとしても、後者の途が残されている以上、本件解雇問題について自主的交渉の余地のない行き詰り状態であるとみるのは相当でない」、「解雇に関し実質的な団体交渉は何らなされていない」などと判示している。しかし、苦情処理も憲法第二八条、労働組合法第七条二号の「団体交渉」に当るものであり、労働協約等で労使当事者間において交渉手続を整序するために、団体交渉とは異なった交渉手続きとして定められているにすぎないのであるから、右の判断は判決に影響を及ぼす法令の違背に当る。

即ち、

(ⅰ) 憲法第二八条の「団体交渉をする権利」とは、労働者の団体が使用者と労働条件について交渉する権利をいう(宮沢俊義「日本国憲法」二七五頁)のであるから、労働組合が当事者となって使用者と交渉するものは、それが苦情処理手続という名称の下で行われるものであろうとも、また団体交渉という名称で行われるものであろうとも、いずれも憲法第二八条、労働組合法第七条二号に定める「団体交渉」なのである。

(ⅱ) 而して、原判決が苦情処理は使用者側と労働者側との間の日常の作業条件乃至は労働関係等から生ずる不平・不満等の紛議を両者間で平和的かつ友好的に解決することを目的とするものであり、団体交渉は使用者又はその団体と労働者の団体とが労働条件等に関し意見の不一致から生じた争いについて協議・決定することを目的とするものであり、前者が個々の労働者の申立てによるものであるのに反し、後者は労働組合等の団体が当事者となって、団体の団結権、争議権等の力を背景に、交渉の技術等を尽して行われるものであって、両者のもつ目的・機能がそれぞれ異なると判示している点も誤りである。

すなわち、一般に解雇問題に関しての労働組合による交渉は、事の性質上緊急を要するものであるが、それは苦情処理の性格を有するものである。なぜならば、その団体交渉は組合員一般のために、将来に向っての労働条件の基準等の決定を求めるものとはその性格を異にするからである。そして、この交渉を苦情処理手続によって処理するか、あるいは団体交渉手続によって処理するかは、労使自治の原則にしたがって決定すべきものである。しかしそれのいずれであれ、それは労働組合を当事者とする使用者との交渉である点において変りはないのである。それ故右の性格の違いを「目的・機能」の違いとして云々する原判決は失当である。

(ⅲ) してみれば、原判決認定のとおり、早川については重工労組による苦情処理が尽されており、小野については重工労組による苦情処理手続きという交渉・協議による途があったにも拘らず、一定期間内にその手続がとられていないが、それは会社の責に帰すべきことではない以上、原判決が前記の如く判示して、会社に団体交渉を強制する根拠としたのは、法令の解釈を誤ったものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例